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たくさんの担降り

 

前回のブログまで、つい二・三日前までは私の担当は三人いた。担当といっても入れ上げたものではなく雑誌を買いカッコいいと眺め、ガムシャラを見て満足する程度のものだけど。私にとってのジャニーズと担当に対する熱は現状そのくらいのもので、決して熱狂的なファンではないと思う。そんなゆるいDD生活が、一昨日変わった。

 

そもそも担降りとはカッコいいの対象が移ることだと個人的には思う。そこから発生する踊りが上手いも歌が上手いもここのキメ顔が好きも、全部カッコいいに含まれるから。カッコいいがたくさん生まれたとき、または前のカッコいいに未練があるときにDDというものが起こるし、決して悪いことじゃない。むしろたくさん貢ぐ事務所のありがたいバカ的立ち位置になるから、はっきり言って損は誰もしない。

 

振り返るとジャニオタ生活10年の中で何度も担降りをしたし、何度も足を取られそうになって踏みとどまったこともあるけれど、いつも同じなのはゆっくり沈められている自分がいることだと思う。一目ぼれのようにある日突然この人に惚れて、というのは私は経験したことがないし、ちゃんと面と向かった人ならまだしも画面の向こうにいる人にとなるとなかなか難しい話ではないか。目にする機会が多くなっていき、なんとなく過去の映像を掘り出し、カッコいいor可愛いと思った時には担当への道を歩いているのである。歩いていると言ったが好きになったら猪突猛進な私は走ります。走ったところでランニングマシンなだけで自担はいつも遥か遠くにいるのだけれど。

 

私の担当はいつも「辞めジュ」になる。最初の赤西くんは脱退し事務所も辞めた。ジュニアでいくと、高畑岬くん、竹本慎平くんなどDDすぎて自分でもあまり覚えていないがとにかく辞めている彼らの意思で行った退所という行為により私たちは応援することも一目見ることもできなくなる(別の場所で芸能活動することは置いておく)。逆に言えばファンは担降りをしたのではなく担降りをさざるをえなかったということで、涙ながらに自担を失うということになる。

 

この2種類の担降りがきっとメジャーなのではないか。私自身いつもどちらかに該当していた。だけど今回はそういうわけではなかった。詳しく触れることはしないし名前も出さないが、彼はアイドルとして芸能人として間違いを犯したのだ。そういう存在がいてくれるのは大いに結構だし、むしろゲイでも困るのだけどそれを隠すのも仕事のうちじゃないのか。ファンを辞めるなら辞めればいいという意見をよく見かけるが、私は喜んで辞める。情報が確かか不確かかはどうでもいい。最初から顔しか信用していない自担の裏の顔がちらつくと、その笑顔さえ疑い始めるから。私一人が離れたところで何も変わらないだろうから、彼が具体的名前の出た女と過ごすための資金を出すのを辞める。新しいイレギュラーな降りをしてみました。

 

ただこれが彼でなければいつものようにスルーしただろうし、担降りだってしなかった。要はjr内での立場があって、彼があれなら他のみんなもそうなんだ・・・ってなるからってことです。個人的な事情。

 

賛否両論というか、叩かれそうなことを書いたけれど彼には感謝をしている。六本木でジャニーズjrという楽しい人たちに出会わしてくれた、なによりうみんちゅを見れた!ありがとう!くらいの勢いである。

 

本格的に舞台班への道を進んでいく私は、三か月前の自分の言葉をどんどん体験している。うみんちゅから沼であり、ふぉ~ゆ~で沈殿するべく今日も元気にDDを歩く。