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担当とはなにか(私編)

 

担降りしたのにいきなり?って感じだけど大目に見てください。自分の気持ちを整理したくて書き始めた完全な見切り発車。大丈夫か。

 

私の初めての担当は赤西仁だ。まだ某KAT-TUNがギリギリで生きてた頃、小学生の私には赤西仁=「テレビの中にいるカッコいい人」という位置づけだった。コンサートに行くでもなく雑誌を買うでもなくテレビだけでしか見れない私のカッコいい人。初めての自担は言い方を変えれば顔ファンだった。それは小学生の頃の話で、自分も成長し自担も成長する過程で彼は脱退し結婚し子持ちになり事務所も辞めた。この過程でカッコいいだけでは生まれなかった感情を知った気がする。彼には毎度泣かされた(勝手に泣いてただけ)けれど、好きだから遠くに行くからではなく、KAT-TUNという肩書が取れていろんな共演とかが減るからという悲しみの方が大きかった。今や嫁と娘が大好きで大切だという歌をたくさん書く彼の人間性とか音楽を好きになったのは事務所を辞めてからに等しい。結局彼のライブを見に行くようになった今でも、彼はカッコいい人で恋愛対象とかそういうものでは一切なかったと思う。

 

だったらそれ以後はどうなのか。もちろんカッコいいから入るのは今でも変わっていないが、気になると即座に調べ上げいろんな動画を漁って人となりを隅々まで知ろうとする。そのうち彼を身近に感じ、なんでも知った気分になる。頭の中ではネットの情報だと分かっていても、自担になるためにはそこを知るしかないから。作り上げられた担当に惚れこんでいく作業を一番大事にしている気がする。ダンスが上手いとか歌が上手いとかはその次にくるものであって、自担の顔とイメージに落ちていくというものかもしれない。

 

大学生になった今、担当にはお金をかけるようになった。私の小さなATMがどこまで反映されているのかは知らないが、夜行バスや新幹線を使って関西から担当を見に行くという行為をする。東京近辺に住んでいる人とはまた違う感覚になってくるのかも知れないが、そこに彼がいるなら行ってみようという語弊を恐れず言うと軽い気持ちではなく、担当が出るなら新幹線を取ってホテルを取って時間をたっぷり使ってやっと会いに行けるという気持ち。きっとこんな人が世の中にはいっぱいいるんだろうが、みんな担当を一目見ようとする意欲だけで働く人だって多いはず。私も例外ではない。

 

担当は毎日何らかの刺激をくれるもので、毎日学校に行って帰るだけの私に与えてくれる食料みたいなものだ。お腹が空いたと情報を欲するし、そこにはそれなりにお金も使うし、たまには贅沢をしてコンサートに行く。

ここで勘違いしないで欲しいのは、「お金を払えば笑ってくれる担当」を見に行くのではなく、「笑っている担当」にお金を払うのである。前者は言うなればホストみたいなものか。ジャニヲタとは後者であって、前者だと思い始めると金銭感覚が狂ったということになるのかもしれない。

ガムシャラ!を見に行ったとき周りの女の子は担当の勝敗を気にして、負ければ当然のように泣いていたがあれは彼女という立場になったつもりの涙なのだろうか。勝敗そっちのけであの表情がカッコいいだとか可愛いだとか言ってるヲタクの方が担当を楽しんでいる気がする。

 

まとめると私にとっての担当とは毎日に刺激をくれるもの・人なのだ。それがたまたまジャニーズだった。たぶん、おそらく。